ブログを訪問して下さった方へ。

おかげさまで、漸くホームページができました。
お寺に興味のある方も、ない方もどうぞ、お立寄り下さい。

お寺グッズのりらく

どうぞ、ブログともども よろしくお願い申し上げます。


amida.jpg temple.jpg

2009年06月29日

破天

週刊誌かなんかの書評で「破天」という本を知り、面白そうだなと

思って読んだら、まさにとんでもない本でした。

(とんでもないと言っても、悪い意味ではありませんよ。)

 この本は、佐々井秀嶺(ささい しゅうれい)という日本人僧の話

なのですが、この方がなんと、インドの仏教徒を率いているというの

です。

結果的に、佐々井師はアンベードカルのいわゆる新仏教運動を引き継

いだインドの仏教徒の新しい指導者ということになってしまったよう

です。


 インドはお釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)の生まれた国であり、

仏教発祥の地であることは皆さんご存知の通りですが、13世紀初頭に

イスラム教徒の軍がベンガル地方に侵攻し、仏教の拠点である精舎を

破壊・虐殺したことによって、インド仏教は滅んだとも言われている

ので、「インドの仏教はほとんど消滅してしまった」というのが、

多くの日本人の認識ではないでしょうか。そして、これと表裏一体の

ようにして「インドはヒンドゥー教の国である。」という認識も

持っていることと思います。

 上記の表現で「消滅」というのは少し不正確で、正確には「極度に

衰退」だったらしく、細々と仏教徒は残っていたようです。ヒンドゥー

社会の中で、仏教徒がどんな暮らしをしていたか、私には想像もつきま

せんが、堂々と胸を張って幸せに暮らしていたとは思えません。


 生まれつきに拠る身分の差別は、世界中いたるところにありますが、

私の乏しい知識ではヒンドゥーのカーストが世界で最も厳しいものだと

いう認識です。

 日本でも士農工商の更に下に、穢多(えた)・非人がいたのは、知っている

人も多いかとは思います。私はたまたま、白土三平氏の「カムイ伝」という

作品が大好きで、その縁で穢多・非人という被差別民に興味を持っています。

たまたま丁度その穢多の頭(かしら)の「弾左衛門」について書かれた本を

読んでいた時にこの「破天」という本に出会ったのです。不思議な縁を感じました。


 ヒンドゥーのカーストについて、我々が学校で習うのはバラモン(ブラーフ

マナ・ブラフミン)、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという名前ぐらいでしょうか。

この他に、上記4つに属さない不可触賎民と呼ばれる人たちがいること

を知っている日本人はどれくらいいるでしょう? 穢多・非人もそう

ですが、不可触賎民の人たちは、普通の人が嫌がる仕事に従事してい

たことも言うまでもありません。


 アンベードカルは、この不可触賎民の階層に産まれました。被差別

を辛いと思う人はたくさんいますし、黙って耐えているだけの人もた

くさんいるでしょう。しかし、彼のように、それを変えて行くための

ムーブメントを起こせる人間はごく僅かでしかありません。そして、

インドがイギリスから独立した時に、初代法務大臣として憲法草案

を作り、法律上は差別の廃止にまで、もっていったのです。

 さらに、インド独立直後、およそ50万人の不可触賎民の人々を率

いて仏教へと改宗したことで、インドにおいて仏教徒が一定の社会

的勢力として復活しました。そこで、彼のことをインド仏教の「中

興の祖」と言う言い方もできるかもしれません。(いわゆる新仏教

運動)

 彼にとって、ヒンドゥー教から仏教に改宗することと被差別から

の脱却は軌を一にすることだと思いますが、不可触賎民層を基盤と

して復活したために、仏教の基本教理とされる輪廻による因果応報

をカースト差別との関連から拒否するなど、その合理主義的な教義

が不可触民の解放運動の一環に過ぎないと指摘されたり、「アンベ

ードカル仏教」と揶揄されるような側面もあるようです。

 私個人としては、仏教における輪廻思想は、欠くべからざる項目

なので、100パーセント"アンベードカル仏教"に賛成というわけでは

ありませんが、彼に対する賞賛の念はそれとまた別のものです。それ

よりも、これだけ大きな出来事やそれをなした人物を知らなかった

(学校で習わなかった)ことに私は驚き、なんと情報は偏って伝え

られるのだろうと思いました。


posted by りらくん at 16:47| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

山本一力の小説と浄土宗

 最近、山本一力という作家の時代小説にハマッています。

時代小説と言っても、金さん、大岡越前などの町奉行や、

火盗改めの鬼平などは、いわば、上級役人が主人公ですが、

この、山本一力の作品は庶民が主人公です。

 江戸、特に深川の風俗がとても身近に描かれていて、

すっかり、大ファンになりました。

 先日、「かんじき飛脚」という作品読みました。

物語は、江戸から加賀(今の石川県)までを舞台にした

壮大な作りですが、面白かったのは、浄土宗の寺院が、

公儀お庭番(徳川幕府の隠密)の地方における拠点と

なっていたことです。

 
 東京港区芝の増上寺は浄土宗の大本山ですが、

徳川家の菩提寺としても有名です。

という訳で、隠密が地方で活動するときに、浄土宗の

寺の住職が陰で、助けたりするのです。

史実かどうかは知りませんが、いままで考えもしなかった

ことなので、とても印象に残りました。




以下増上寺公式HPより引用

《安土桃山時代、徳川家康公が関東の地を治めるように
なってまもなく、徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれ
ました(天正十八年、1590年)。家康公がときの住職
存応(ぞんのう)上人に深く帰依したため、と伝えられ
ています。

慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕
府の成立後には、家康公の手厚い保護もあり、増上寺の
寺運は大隆盛へと向かって行きました。

三解脱門(さんげだつもん)、経蔵、大殿の建立、三大
蔵経の寄進などがあいつぎ、朝廷からは存応上人へ「普
光観智国師」号の下賜と常紫衣(じょうしえ)の勅許も
ありました。

家康公は元和二年(1616年)増上寺にて葬儀を行うよう
にとの遺言を残し、75歳で歿しました。》

引用終わり
ラベル:山本一力 浄土宗
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2008年12月31日

kobanashi

 先日、ちょっと面白い話を小耳にはさみました。

りらくんと同じようにお寺で使う施品や記念品を扱っている

知合いの業者さんがいるのですが、最近オリジナルデザインを

入れられるタオルが評判になっているらしいのです。

 ある浄土宗のお寺で「葵」の紋をタオルに入れようとして

デザインしたのですが、タオルの織り屋さんが、「恐れ多い」

と言って、なかなか織ってくれなかったのだそうです。(笑)

 もちろん、「葵」はかの有名な徳川の紋ですね。ですから、

「恐れ多い」という気持ちもわからないではありませんが、

今どき、そこまで考える人がいるというのも、少し驚き

でした。

 東京・芝の増上寺が徳川の菩提寺になった関係で「葵紋」の

使用が許可されているという特別な事情があります。


結局のところ、その浄土宗の寺の住職が

「うちでは、座布団にも葵の紋が入っているよ。尻に敷いて

座ってるんだから、タオルに紋を入れても全く心配ないですよ。」

と言ったので一件落着、タオルは完成して無事納品されました。
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2008年07月08日

〜 六波羅蜜の話 9 〜

六波羅蜜(ろっぱらみつ)とは、布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)

精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)の六つを指します。

これは、菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める六つの行のことです。

という、一般的な定義はさておき、私たちの日常に何か益することが

あるのも事実です。

自分ならどうやって取り入れるかという観点から眺めてみるのも

いいのではないでしょうか。

― 精進(2) ―

(六波羅蜜の話 8 より続き)

その一方で民間でも、冠婚葬祭やお盆等において、

一般家庭や料理屋でも(精進料理が)作られるようになりました。


料亭などの精進料理は、グルメ志向の一角をなすことさえあるので、

時として、本来の精進料理(仏教の食事に関する概念)とは対照的

なスタンスを取ることもあります。


精進料理が本格的に発達したのは、鎌倉時代以降と言われます。

平安時代までの日本料理は、魚や鳥を用いてはいましたが、

基本的に薄味で、調理した後に各自で調味料を用いて味を調節するなど、

料理としては未発達な部分も多くありました。


それに比べて、禅宗の精進料理は、菜食ではありますが、

身体を酷使するので塩分を欲する武士や庶民にも

満足のいくようなしっかりとした味付けがなされていました。


味噌やすり鉢といった調味料や調理器具、あるいは根菜類の煮しめといった

調理技法は、それ以降、日本料理に取り入れられることになります。


また、豆腐、高野豆腐(凍豆腐)、コンニャクなどの食材も、

精進料理の必須材料として持ち込まれたと考えられます。



曹洞宗では、開祖の道元禅師が宋に仏教を学びに渡った時、

阿育王山の老典座との出会いから、料理を含めて日常の行いそれ自体が、

仏道の修行だと知ったことから、料理をしたり、食事をすることは、

特に重要視されています。


例えば永平寺では、料理を支度することが重要な修業の一つであり、

食事を調える「典座寮」という部署の責任者である「典座(てんぞ)」は、

重役の一員に数えられています。

また、懐石料理は精進料理から派生したものです。




参考サイト

大本山「天龍寺」の庭園内にある「篩月」、
ちょっと他では味わえない精進料理のお店です。
http://www.kyoto-tv.com/ara_sag/2970/2970.htmlをご覧下さい


ごま豆腐は「天下一」と賞され、「精進料理の明道尼」として知られます
http://artsvillage.jp/gesshingi_off/top.htmlをご覧下さい


大徳寺精進料理
http://www.daitokuji-ikkyu.jp/contents/syoujinryouri.htmlをご覧下さい
ラベル:六波羅蜜 精進
posted by りらくん at 15:40| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月30日

林 暁宇先生一周忌

 以前メルマガにも載せましたが、林暁宇(はやし ぎょうう)

先生がお亡くなりになって1年がたちます。

( 林暁宇先生につきましては、

http://riraku.seesaa.net/article/45459508.htmlおよび

http://riraku.seesaa.net/article/45802852.htmlをご覧になって

いただければ、幸いです。)


林先生の身の回りのお世話をしていらしたIさんご夫妻が、北海道に

帰ってこられて活動を続けていらっしゃいますが、29日に一周忌の

法要をなさいました。

 りらくんは門徒(浄土真宗の信徒)ではなく、林先生ともIさんとも

面識はなかったのですが、別のお寺のご縁で、林先生のことを知り、

秘かに私淑していたので、参加させて頂きました。

 会場になった岩見沢市のお寺は、りらくんの家からそう遠くない所

でした。

K村J寺本堂.jpg


道内各地、遠いところでは新潟から来られた方も併せて20名

ほどの参加でした。10時半にお経がはじまり、最後に皆で南無阿弥陀仏

を唱えた後にご住職の法話がありました。一周忌だけに暁宇師を偲ぶ

のは当然のことですが、ご住職ご自身が林先生と過ごした時間の濃密

だったことや、林先生の生き方の原点となった出会いのこと。そして、

林先生がいつもその原点に帰ろうとなさっていたことを特に強調されて

いたように思いました。

 お寺での法要の後、近くのK温泉でお斎(とき)を頂きました。一回り

自己紹介が済んだ後、ご住職が林暁宇師の思い出を話して下さいました。

その時に、暁宇師の兄弟子に当たる岩瀬暁燈(いわせ ぎょうとう)師

の話が出てきました。さきほどのお寺での法話とは打って変わって

(と言っては失礼かもしれませんが・・・)生き生きとしたとても

面白いお話でした。以前から面白いご住職だと言う噂だけは聞いていた

ので、法話をうかがった時は正直ちょっと期待はずれ(失礼 m(__)m )

でしたがここへきてなるほどと納得です。

(岩瀬師については

http://riraku.seesaa.net/article/44450033.html
http://riraku.seesaa.net/article/45044418.html
http://riraku.seesaa.net/article/45096319.html

をご覧いただけるとありがたいです。)

 本日、他の場所でも一周忌の法要が行われています。以前に林暁宇先生

のことを「本当の乞食坊主」だと書かせていただきましたが、亡くなられた

後も多くの人に影響を与え続ける人のすごさを目の当たりにして、やはり

「本物」は違うなあと言う思いを新たにしました。

無量寿の碑.jpg

↑北海道にこの碑を立てることは林暁宇先生の願いでした。
碑の文字は暁烏敏先生の書だそうです。


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ラベル:林 暁宇 一周忌
posted by りらくん at 16:13| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

時計のブログパーツ 清水寺

この時計の画像はブログパーツです。 自由にあなたのサイトに貼り付けることができます。 以下の赤枠内のコードをあなたのブログやホームページに貼り付けてください。 右クリックで「すべて選択」にして、再度右クリックでコピーしてあなたのブログやホームページに貼り付けてください。 (コード改変は禁止です)
ラベル:清水寺
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2008年02月26日

〜 六波羅蜜の話 8 〜

六波羅蜜(ろっぱらみつ)とは、布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)の六つを指します。

これは、菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める六つの行のことです。

という、一般的な定義はさておき、私たちの日常に何か益することが
あるのも事実です。

自分ならどうやって取り入れるかという観点から眺めてみるのもいいのではないでしょうか。

― 精進(1) ―


この六波羅蜜の話を書こうと思ったきっかけは、

何かで「精進料理」という言葉を見かけたからでした。

前置きが長かったのですが、やっとここにたどり着きました。


精進料理(しょうじんりょうり)というのは、

野菜や豆類、穀類を工夫して調理したベジタリアン料理です。


以前に「殺生戒」をご紹介しましたが、

大乗仏教では、肉食そのものが禁止されたために、

中国から日本までの仏教文化圏では、菜食料理が

発達しました。


大豆は栄養価が高く、菜食で不足しがちな

タンパク質が豊富に含まれているので、精進料理に

積極的に取り入れられましたが、そのまま生で

食べるのはちょっとつらいものがあります。


このため、長期保存の目的や、食べる者を飽きさせない

ために、味噌、醤油、豆腐、湯葉、豆乳、納豆、油揚げ

などが生み出されました。(りらくんはベジタリアンでは

ないのですが、これらの大豆食品が大好きで肉を全く

食べなくても平気です)


こうした加工食品の技術は、精進料理を必要とする寺院と

その周辺の人々によって、研究・開発され、蓄積されてきました。

修行僧にとっては、食事もまた行の一つとして重要視されて

いるので、精進料理が必須ということになります。


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ラベル:六波羅蜜
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2008年01月28日

「そわか」について

「そわか」って聞いたことがないですか?

呪文をとなえるのは、ハリポタだけではありません。

実は、仏教(密教)でも「真言(マントラ)」とか「陀羅尼(だらに)」といった呪文を唱えるのですが、

その最後に「スヴァーハー」という成功を祈る聖句を唱えることが多いのです。



ウィキペディアによれば『バラモン教の儀式において、天上の全ての神々に捧げられた供物の事を指し、またこれ自身がが神格化された』言葉なのです。

そして、『儀式の際に、供物を祭火に投じる時の掛け声としてこの言葉が唱えられた。』ために、後には「スヴァーハー」は、願いが神々に届く事を祈る聖句とされました。


そして、この「スヴァーハー」を漢訳したのが「薩婆訶(ソワカ)」です。

有名な「般若心経」の一番最後は
「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆可」と締めくくられています。

「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸に全く往ける者よ 悟りよ 幸あれ。」などと訳されますが、この部分はお経ではなく真言なのです。

本来の読みは
「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スーヴァーハー」ですが、
日本語で「ぎゃぁてい ぎゃぁてい はーらー ぎゃぁてい はらそー ぎゃぁてい ぼーじー そわか」と読むのが普通です。

と言うことを知らなくても、一般の方が「そわか」を使うのは、
「なんとなく呪文っぽい言葉を使っちゃろか」てなノリのときではないでしょうか。

 因みに、「孔雀王」という漫画を見ると「そわか」だらけです。



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2008年01月05日

円相

禅僧の方が揮毫なさる時などに、良く○を描くことがあるのですが、

その○を円相(えんそう)と呼びます。

 円というのは限りなく循環しつづけます。このため、

円相は欠けることのない絶対の真理を表しているといわれています。

また、○=円相は円窓とも書き「心をうつす窓」という意味も

あります。

始まりも終わりもない○は、宇宙そのものを表すとも考えられます。

 
 円相は瞬間的かつ直観的に一筆で描く墨の円です。

抽象画という側面も持ち、人の心は本来円く平等である

とする禅の悟りを象徴的に表現したものでした。


仙がい義梵禅師の「円相図」は、一見堅苦しい禅の悟りを

笑い飛ばすような感じがして、気に入っています。


こちらのサイトに出てます。
http://www.fukuoka-art-museum.jp/jc/html/jc05/01/ensouzu.html


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ラベル:禅僧 真理 宇宙 悟り
posted by りらくん at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

六波羅蜜の話 6

六波羅蜜(ろっぱらみつ)とは、布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)

精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)の六つを指します。

これは、菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める六つの行のことです。

という、一般的な定義はさておき、私たちの日常に何か益することが

あるのも事実です。

自分ならどうやって取り入れるかという観点から眺めてみるのも

いいのではないでしょうか。

― 持戒(3) ―

 在家五戒---たった五つです。

その、たった五つがとても大変です。

「不殺生戒を厳密に守ることは不可能に近い」と前回書きました。

他の四つも似たり寄ったりです。

特に最後の「不飲酒戒」などというのは全く不可能な人の方が多いと

思います。

「不可能に近い」だからやってもしかたないと言うのは早計では

ないでしょうか。

例えば、酒を飲むことにしても飲みすぎれば肝臓をやられます。

大酒のみが、もし節制ができるようになったら、きっとなにか身体に

いいことがありますよね。

つまりどの程度守れるかで、自分に返ってくるものも違うという

こと。


例えば、「不妄語戒」はウソをつくなということですが、

生まれてからウソを付いたことのない人を知っていますか?

これも程度問題だと思います。

意図的に人を騙してダメージを与えるのは、最悪のウソですから

論外です。

厳密に言えば、人との約束でなく、自分自身で決めた約束事

(明日までにこの仕事を終わらせるとか)も守れないのは

ウソになります。なかなか守れませんよね。だって、誰にも

言ってないんですから、守れなくたって誰も知りません。

でもこのささいなウソも付かぬよう心掛けたら、

得るものは大きいと思いませんか。


だから、在家にとって「持戒」というのは、

「守った程度によって得る物が違ってくる」

ぐらいに考えてみてはいかがでしょうか。



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posted by りらくん at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

六波羅蜜の話 5

六波羅蜜(ろっぱらみつ)とは、布施(ふせ)持戒(じかい)
忍辱(にんにく)精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)
智慧(ちえ)の六つを指します。

これは、菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める
六つの行のことです。

という、一般的な定義はさておき、
私たちの日常に何か益することがあるのも事実です。

自分ならどうやって取り入れるかという観点から
眺めてみるのもいいのではないでしょうか。

 ― 持戒(2) ―

 在家五戒---たった五つです。

その、たった五つがとても大変です。

不殺生戒を厳密に守ることは不可能に近いです。

「肉食を断つ」程度ならどうってことはないのですが、

道を歩いてるときに、「蟻を踏まないように気をつけて」

歩くなどということはできますか?

世尊の時代のサンガ(教団)でも、どこまで厳密に

できていたのかは興味のあるところです。

 でも、私個人的には、この「不殺生戒」が

仏教の素晴しさの一つだと思っています。

全ての生き物に対する慈しみの心から発するものが

空間を浄化しない訳がないと思うからです。

「聖戦」と称して、他宗教を排斥したり、武力の行使も辞さない

という考え方がありますが、私は好きではありません。

日本でも、仏教を政治の道具として使ってきた歴史があります。

「僧兵」「一向一揆」などは、武力を使って示威行為を行うので、

「不殺生戒」から離れているわけですが、これは仏教の本質ではなく

一部の権力者が、現世的な目的のために、仏教を利用した結果だと思

います。

 このように、政治の道具として利用されたのも確かに事実ですが、

そのために国分寺が建てられて仏教が広まったという見方も

できるので、安易に善し悪しを論じるのはやめておきます。

 ちょっと、脱線しました。

「不殺生戒」は他の命を自分の命と同じように大切にする気持ちと

考えたらどうでしょうか。



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2007年12月05日

六波羅蜜の話 4

六波羅蜜(ろっぱらみつ)とは、
布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)の六つを指します。

これは、菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める
六つの行のことです。

という、一般的な定義はさておき、私たちの日常に
何か益することがあるのも事実です。

自分ならどうやって取り入れるかという観点から眺めてみるのも

いいのではないでしょうか。

 ― 持戒 ―

「布施」は他人に対してアクションを起こし、徳を積みますが、
戒を守るということは、自分の積んだ徳というエネルギーを、自分の思う方向へ向かわせるための「方向舵」のようなものではないかと
思います。


例えば、「ビジネスを成功させよう」などの現世的な欲求で、
一方向にエネルギーを向けることのできる方はたくさん
いらっしゃいます。

こういう方は、自分なりのルールを決めたり、節制したりして、
無意識的にせよ、エネルギーの統制をなさっているものです。

しかし、普通に生活してる限り、一つの方向にエネルギーが
収束せず、いろんな方向に消費します。

とりわけ、生きることそのものに意義を見いだすような、
仏教的生き方を選択する場合は、本来放逸な私たちが無駄な
方向に徳を使わないよう持戒が必要になります。

 もっとも、私たちは出家者ではないので、何百何十という戒を
守るなんて到底できっこありません。

そこで、せめて在家の人は五つの戒を守ったらどうかということに
なるわけです。

「五戒」は「不殺生」「不偸盗」「不邪淫」「不妄語」「不飲酒」と
文字で書けば簡単なのですが、これが結構奥が深いのです。



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2007年12月02日

六波羅蜜の話 3

― 布施(2) ―

世尊(お釈迦様)の時代に、スダッタ尊者という方が
いらっしゃいました。

この方は世尊の教えに深く帰依していたので、
大いなる布施功徳を積もうとなさっていました。

そこで、教団に布施されたのが、平家物語でも有名な
「祇園精舎」というわけです。

この布施は、スダッタ尊者がお金持ちだったからできた
ということも言えます。

つまり、徳のある人がさらに徳を積むというパターン
と言えましょう。

でも、一般に私のような徳のない人間はどうしたらよいのでしょう。

前号で「無財の七施」というのがありますという話をしました。

「七施」というからには、当然七つの布施ですね。

これは、物もお金もない人でもできる修行だよ、
というのがすばらしいところです。

1.眼施(がんせ):慈しみに満ちた優しいまなざしで、
 すべてに接することです。
自らの目を通して、温かい心が相手に伝わります。

2.和顔施(わげんせ):いつもなごやかで穏やかな笑顔を絶やさずに
          人や物に接することです。

3.愛語施(あいごせ):思いやりのある優しい言葉をかけることです。

4.身施(しんせ):自ら進んで身体で奉仕をすることです。
 捨身施とも言います。

5.心施(しんせ):他の人の苦しみや痛みを感じて、心の底から
 共に喜び悲しむことができる思いやりの心です。

6.牀座施(しょうざせ):自分の席をゆずることです。例えば、
 電車の中で席を譲ることを考えると分かりやすいでしょう。

7.房舎施(ぼうしゃせ):雨露をしのぐ場所を提供することです。
 自分が半身濡れながらも、相手に傘を差し掛けることなども
 そうです。


「和顔愛語(わげんあいご)」という四字熟語を、
聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。

どうでしょう。少しは実行できる物もありそうですか。


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2007年11月19日

お寺訪問エピソード(6)

 ―― K寺とのご縁 ――

このK寺は、S町のはずれにぽつんと1ヶ寺だけ離れてあるお寺です。

今までの経験で、街中の密集地帯にあるお寺よりも、離れている

お寺の方が営業成績がいいのです。

だから、当然期待して行きました。



ご住職は、ひと言で言うとやさしいおじさんという感じの方でした。

この方が、変わった物を好む方だったので、初めての訪問でいきなり

お客さんになっていただくことができました。



ここは、地方の小さなお寺ですから、
檀家数もそんなに多くありません。

したがって、私の仕事もそんなに儲かるわけではありません。

檀家数が多くないということは、檀務(お寺の仕事)だけでは経営が

成り立たないということでもあります。

そこで、ご住職は昼間、トラックの運転手をして働いています。



ご住職は、見かけは僧侶というより大型トラックの運転手という

イメージの方がぴったりの体つきをしていますが、

いつもにこにこしていて、とても面倒見のいい方です。


最初からお客様になってくださったのも、おそらく

私のことを気にかけてくださったのだと思います。



何回か訪問を重ねるうちに、出張中は自分の車の中で寝ると言う話に

なったことがあります。

このときも、即座にうちへ泊まっていけと言ってくださり、

それ以来、S町方面の出張時には常宿とさせていただきました。

さらに、こんなこともありました。



このご住職は法名に「情」という字が付くのですが、

まさにその名の通り情け深い方でした。


「来るたびに何か買ってあげたいけど、うちは檀家が少ないので

そうもいかない。その代わりと言ったら何だが、

アルバイトをしないか。」

この申し出は驚きました。でも喜んでやらせていただきました。


最初は、ピット(床下)の掃除でした。

ちょうど新築工事が終わったところだったのですが、

業者さんが床下の片づけをしないで、帰ってしまったようなのです。


投光機を借りて床下にもぐり、コンクリートのかけらを

拾い集めたり、溜まっている水をウエスで吸い取ったりしました。

次の寺を訪問する計画を変更して、一日がかりでやりました。

そして、その日も泊めていただくこととなりました。



これを皮切りに、その後も何度か泊めていただいては、

コンパネで靴箱を作ったり、仏具の大掃除をしたり、

ペンキ塗りをしたり、いろいろと作業をさせていただきました。



お寺に訪問販売の営業に行って、アルバイトをしてきた人は

そう多くはないでしょう。


おかげさまで、貴重な体験をさせていただくと同時に

面白いご縁を頂きました。


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ラベル:お寺
posted by りらくん at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

六波羅蜜の話 2

― 布施(1) ―

現代の用法では葬式や法事でお坊さんに渡す金銭を
指すことが殆んどですね。

もともと、仏教で言う布施とは、慈悲の心をもって、
他人に財物を施すことです。

この布施には

「財施(ざいせ)」 :金銭や衣服食料などの財を施すこと
「法施(ほっせ)」 :仏の教えを説くこと。
「無畏施(むいせ)」:災難などに遭っている者を慰めて
          その恐怖心を除くこと。
の三種があります。

布施をする人をダナパティといい、
施主(せしゅ)、檀徒(だんと)などと訳されます。

檀那(だんな)の語源ですね。

檀家(だんか)という言葉も、菩提寺に
お布施をする家を指すわけです。

ところで、人に施すというと一見裕福な人にしか
出来ないとも思われがちです。

しかし、布施は六波羅蜜の基本の行です。

金持ちにしか出来ないというのも困ります。

大丈夫、ご安心下さい。そこで、

『無財の七施(むざいのしちせ)』

というものが登場します。

(つづく)



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ラベル:六波羅蜜 布施
posted by りらくん at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

阿闍梨誕生

もう、新聞等でご存知の方も多いでしょうけど、

比叡山の行者さんが話題にのぼりましたね。

今回、「堂入り」という超人的な修行を成し遂げられたのは、

延暦寺大乗院住職の星野圓道(ほしのえんどう)師(32)
という方です。

千日回峰行というのは単純に言えば、比叡山中を千日間
歩くのですが、

総距離が地球一周分にもなるのです。今まで5年間、

毎年100日または200日を歩き、合計700日が終わったところで、

「堂入り」という行を行う決まりなのです。

「堂入り」とは、比叡山中の明王堂で、九日間の断食、断水、

不眠、不臥で十万遍の不動真言を唱え、不動明王と一体になる

というまさに人間を超えた難行です。生きたまま出堂できるか

わからないため、親族、一山の僧と別れの儀式をして籠もる、

「生き葬式」とも言われる大変過酷な行です。

この「堂入り」を満じて出堂した行者は生身の不動明王とされ、

「当行満阿闍梨(とうぎょうまんあじゃり)」と称されます。

「阿闍梨」とは、梵語のアジャリヤから来たことばで、

他を導く高僧という意味を持ちます。

「阿闍梨」の称号を受けると「お加持」と言って、

念珠を人々の頭や肩に触れ、真言を唱えて衆生に不動明王の功徳を

伝えることが出来ます。700日までの行は自分自身のための「自利行」

ですが、「堂入り」の後の残り300日は“生きた不動明王”として

加持を行い、衆生を救済する「利他行」とされています。


大乗仏教の大事なところはこの「利他行」にあると私は思います。

でも、利他の行は誰にでもできるわけではありません。

そこで、「私に衆生を済度する資格があるなら、九日間の

堂入りを満行させてください」と命を懸けて問うわけです。


酒井雄哉大阿闍梨が初めて千日回峰をなさったときのことを書いた

「阿闍梨誕生」という本を読んで、私は千日回峰行を知りました。

印象に残っているのは、酒井大阿闍梨の年齢なのです。

延暦寺の記録に残る千日回峰行者は、平成15年9月満行の

酒井大阿闍梨の弟子藤波源信師迄47人を数えるそうですが、

殆んどが心身ともに充実している30代で満行しています。

酒井大阿闍梨が、千日回峰を行おうと決意したのは49歳の時だと

言いますから、当然生きて満行できるとは誰も思わないわけで、

周囲が反対したり止めたりしたのは当然だったのです。

周囲の反対を押し切って、回峰行者となられた酒井師は

昭和55年9月に千日回峰行を満行して「大行満大阿闍梨

(だいぎょうまんだいあじゃり)」となられました。

さらに、酒井大阿闍梨は二千日回峰を満行した三人のうちの

一人でもあります。一回でも尋常ではないですが、二回も

行うと言うのは、よほどの利他心がないと無理だと思います。

今回の星野師もきっと利他の心をお持ちの方なのでしょう。

あと300日無事満行されて、負のエネルギーの強い今の世を

照らす光となってほしいものです。


酒井雄哉大阿闍梨のホームページ
http://www.sakai-yusai.com/index.html

比叡山延暦寺ホームページ
http://www.hieizan.or.jp/



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不動の利剣【仏教美術 中】

不動の利剣−不動明王が持っている魔を払う剣です
posted by りらくん at 01:48| Comment(1) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

ダライ・ラマ14世

この勲章の価値は全く知らないけど、
亡命政権はいつまで続くのでしょうか。


中国というのはとてもすばらしい国で、
4千年の歴史というのは偉大な歴史です。

そんなにケツの穴が狭いとは思えないのですが、
チベット仏教を圧迫していることが、

人間の精神の進歩を妨げる理由の一つにもなっていると
個人的には思っているので、残念です。


ダライ・ラマ14世
米、ダライ・ラマに最高勲章授与 - goo ニュース



米中関係の悪化
米大統領がダライ・ラマと会談 - goo ニュース







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ダライ・ラマは観音の化身で転生すると信じられています。

歴代ダライ・ラマがどのようにして決められたかは
とても興味深い話です。


14人のダライ・ラマ
posted by りらくん at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

千日回峰

宗教に関心のない人でも、「比叡山延暦寺」の名前くらいは知っているでしょう。

もう少し知ってる人は「最澄」や「天台宗」という言葉くらいはでてくるかもしれません。

比叡山は、一般の人にとっての観光地でもあるけれど、実はすごい所
なのです。

何がすごいかと言うと、「千日回峰」があるからです。



久しぶりというか、うん十年ぶりに千日回峰の話を聞きました。

若い頃、求道者のふりをしておった小生は、その手の本を
いろいろと読んでいました。

「阿闍梨誕生」という本で、酒井雄哉(さかい ゆうさい)師が
千日回峰行を成し遂げた話を読んで「修行」というものに憧れました。

しかも、酒井師は確か40歳になってから、出家得度をなさった方
だったと思います。

「生き仏」と称されるのも至極当然のような気がします。

その後、酒井師のお弟子さんが行満なさったということは
知りませんでした。

今回、ふとしたきっかけで、RSSリーダーを読んでいるときに、
「堂入り」の文字が目に入り、また一人、回峰行者が
登場したことを知りました。 



ニュースでは、流石に地方紙の方が強いようです。

最難関、決意の「堂入り」 比叡山・千日回峰行の星野さん(京都新聞) - Yahoo!ニュース


比叡山 6年ぶり最難関の荒行 | 地方ニュース速報


生き葬式
比叡山で難行「堂入り」9日間断食不眠 - 大阪ニュース : nikkansports.com

asahi.com:比叡山・千日回峰行で最難関の堂入り 星野住職 - 文化・芸能



また、このことをネタにブログを書いている方も
たくさんいらっしゃいました。

ちょっと、気になったブログのみ紹介します。


酒井雄哉師のお話が載っているサイトへのリンクがあります。
比叡山・千日回峰行 - anniversary - 楽天ブログ(Blog)


酒井雄哉氏のこと
ハマニダイアリー: 酒井雄哉氏のこと


不思議な気がする
比叡山での難行にチャレンジする僧侶 - タンポポのひとりごと - 楽天ブログ(Blog)


千日回峰行
☆ハゲ★=さとしの流星日記:千日回峰行 - livedoor Blog(ブログ)


千日回峰行
修行とは・・・ - ちいちゃんのたわごと - Yahoo!ブログ


このブログは、千日回峰行のことを良く調べてあります。
私が書く必要なくなりました。↓

千日回峰行
So-net blog:Room201:9日間不眠不休で断食!!!!!




どうか、無事に堂入りを終えられますように。




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不動の利剣【仏教美術 中】

不動の利剣−不動明王が持っている魔を払う剣です
posted by りらくん at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

高幡不動

不動明王といえば、皆さん何を思い浮かべるでしょうか。

憤怒の形相というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。

一般に仏様というと優しいというイメージの方が普通のような
気がしますが、

これは、煩悩をかかえ、もっとも救いがたい衆生をも力ずくで
救うためにそういう表情になっているのだそうです。
(煩悩だらけの私にはとても有難い仏様です)

仏像として、標準的なのは、右手に降魔の三鈷剣、
左手に羂索(けんじゃく)を持っている姿です。

羂索と言うのは、悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を
救い上げるための投げ縄のようなものらしいです。

また、三鈷剣と言うのは、悪しき災難を切り裂き、
魔を退散させると同時に人々の煩悩を断ち切る利剣です。

剣の柄の部分にNo.15で書いた三鈷杵がついています。

大切なものとそうでないものを一刀両断にする、
そんな智慧を象徴しているのかも知れません。


ところで、お不動さんといえば、りらくんが子供の頃住んでいた所の
近くに高幡不動(たかはたふどう)というところがありました。

お寺の名前より祀られている仏様の方が有名になり、
お寺の通称になってしまっている例は結構ありますね。

「とげ抜き地蔵」は、萬頂山高岩寺(ばんちょうざん こうがんじ)
という東京都豊島区にある曹洞宗のお寺。

「白衣観音」といえば関東では群馬県高崎市にある高野山真言宗の
慈眼院(じげんいん)というお寺です。

「鬼子母神」は有名ですが、威光山法明寺(いこうさん ほうみょうじ)
という日蓮宗の寺だと知っている人は少ないでしょう。

さて、高幡不動もそういう寺の一つです。

当時は京王線(新宿と都下を結ぶ私鉄です)の特急停車駅という認識しか
持っていなかったのですが、今、改めて調べてみると
関東三大不動の一つで、高幡山明王院金剛寺という立派な名前を持った
真言宗智山派の本山だったんですね。

ここは、新撰組副長土方歳三の菩提寺としても知られています。

また、都内有数のアジサイの名所でもあり、6月上旬には境内奥の山に
山アジサイが咲き、他のあじさいは6月終わり頃までが見ごろだそうです。
(ちょっと書く時期をまちがえましたね m(__)m スイマセン)


高幡不動のホームページはこちら
http://www.takahatafudoson.or.jp/



不動の利剣【仏教美術 中】
不動明王が持つ魔を打ち払う剣です。
柄の三鈷杵には、悪心の障難を防ぐ力があるとされます。
道場を浄め、煩悩を打ち砕きます

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ラベル:不動明王 仏様
posted by りらくん at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月01日

六波羅蜜の話 1

六波羅蜜(ろくはらみつ、ろっぱらみつ)とは

菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために修める
六つの行のことです。

布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)
精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)

の六つを指します。

この六波羅蜜を寺号とした有名なお寺が
あります。



鎌倉時代、運慶の四男康勝の作と言われる

「空也上人立像」

日本史の教科書でご覧になった記憶はないでしょうか。

市の聖(いちのひじり)と呼ばれた空也上人。

その空也上人が唱える南無阿弥陀仏という六字の名号が
阿弥陀仏となって口から現れたという像です。

京都市東山区にある真言宗智山派の

補陀洛山 六波羅蜜寺
(ふだらくさん ろくはらみつじ)

開基は空也上人です。

本尊は十一面観音で、西国三十三箇所第17番札所
にもなっています。

上記の立像をはじめ、重要文化財の多い
お寺としても知られています。

六波羅蜜寺ホームページ
http://www.rokuhara.or.jp/
posted by りらくん at 02:57| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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