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2007年09月11日

合掌について

手を合せて祈る姿は美しい、と言われることがあります。


但し、日本人の大半は「宝くじが当たりますように」とか、
「○○に合格しますように」といった時以外に手を合せるのは
稀なことのような気がします。

もし、無私の願いというものがあるとするなら、究極の祈りと
でも言えるでしょうか。

でも、神仏の前に首(こうべ)を垂れることは、
貴重な縁結びの機会ですから、それが例え現世利益であっても
入門編としては仕方のないところでしょう。



祈るためには対象が必要になることが多く、
ひと昔前にはお寺がその役割の一翼を担っていました。


もちろん今でも祈祷を受け付けるお寺はたくさんありますが、

そうじゃなくて、昔はもっと気軽に手を合せに行くことが
できたのではないでしょうか。


今、お寺といえば、亡くなった方に関わるときにしか
思い出さない人も多いようです。


それももちろん大事なことですが、本当は

「お寺は生きてる人のためにある」

という事を多くの人に知ってほしいです。


都会では、檀家が多すぎて困ってるというお寺もあるようですし、
逆に田舎では、人口流出に伴ってどんどん檀家が減っている
お寺もあります。

若い人がお寺に関心を持たなくなってきたのは、
檀家制度の煩わしさにも一因があるのかもしれません。



しかし、どんな人も「 祈り 」に対する潜在的欲求は
あると思います。


その時代、世代、精神レベルなどにマッチした受け皿が
なかなか見当たらないという見方はどうでしょうか。


「縁」があるものは必ずつながるはず。

その人にぴったりの「受け皿」も時期が来れば見つかります。


とにかく、まず手を合せて自分の内側を見てみましょう。

                         合掌 
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posted by りらくん at 00:58| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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