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2009年04月13日

山本一力の小説と浄土宗

 最近、山本一力という作家の時代小説にハマッています。

時代小説と言っても、金さん、大岡越前などの町奉行や、

火盗改めの鬼平などは、いわば、上級役人が主人公ですが、

この、山本一力の作品は庶民が主人公です。

 江戸、特に深川の風俗がとても身近に描かれていて、

すっかり、大ファンになりました。

 先日、「かんじき飛脚」という作品読みました。

物語は、江戸から加賀(今の石川県)までを舞台にした

壮大な作りですが、面白かったのは、浄土宗の寺院が、

公儀お庭番(徳川幕府の隠密)の地方における拠点と

なっていたことです。

 
 東京港区芝の増上寺は浄土宗の大本山ですが、

徳川家の菩提寺としても有名です。

という訳で、隠密が地方で活動するときに、浄土宗の

寺の住職が陰で、助けたりするのです。

史実かどうかは知りませんが、いままで考えもしなかった

ことなので、とても印象に残りました。




以下増上寺公式HPより引用

《安土桃山時代、徳川家康公が関東の地を治めるように
なってまもなく、徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれ
ました(天正十八年、1590年)。家康公がときの住職
存応(ぞんのう)上人に深く帰依したため、と伝えられ
ています。

慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕
府の成立後には、家康公の手厚い保護もあり、増上寺の
寺運は大隆盛へと向かって行きました。

三解脱門(さんげだつもん)、経蔵、大殿の建立、三大
蔵経の寄進などがあいつぎ、朝廷からは存応上人へ「普
光観智国師」号の下賜と常紫衣(じょうしえ)の勅許も
ありました。

家康公は元和二年(1616年)増上寺にて葬儀を行うよう
にとの遺言を残し、75歳で歿しました。》

引用終わり
posted by りらくん at 12:52| Comment(0) | りらくんのお寺むだ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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