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2008年10月21日

秩父札所めぐり 5

(以下 「俳句で綴る秩父札所めぐり」より転載 原文は縦書き)


六月八日(火)晴 二十六番・円融寺〜三十番・法雲寺

                         
           駅員の優しさに、心温まる家路


 幸せなことにお天気には恵まれている。

 今回の札所めぐりをスタートしたのが三月二十三日。やっと蕗の

とうが顔を出したスタート時の車窓の秩父は冬枯れが続いていたの

が、いつしか秩父の山々の景色がすっかり変わり、まぶしいばかり

の青葉若葉に彩られてきた。

 今日の予定は、影森という所まで電車で行き、そこからスタート。



影森→ (徒歩七分) →二十六番本堂→ (三〇分) →岩井堂→ (四〇

分) →二十七番→ (五〇分) →二十八番→ (六〇分) →二十九番→

(五分) →中川駅→ (電車) →白久駅→ (一五分) →三十番



 影森に行くのに西武鉄道秩父駅を下車し、秩父鉄道に乗り一駅。

 乗り換えがちょっと面倒なように思ったが、その際仲見世通りを

抜けるのでそう苦にならなかった。影森から本堂まではすぐ目の前。

しかし観音堂は岩場の斜面に建っている。

 そこへ行くため昭和電工秩父工場の敷地を抜けると目の前はうっ

そうとした森。中に低い階段が伸びている。それぞれのペースで二

〇四段を登る。

 二人でも気味が悪いほど静寂、時折烏の鳴き声だけがしじまを破

る。

 京都の清水寺を模したのだという山中にあり、かなり荒れ果てて

一層不気味さを感じた。

 二十七番へは、ハイキングコースの案内板があったので気軽に尾

根道を歩き始めたがどっこい、定かでない細い道が岐かれ木につか

まり岩にしがみつき、行きつ戻りつの苦難のコースを三十分位歩い

た頃、パッと展望が開け観音像が立っていた。関東三大観音(大

船・高崎)の一つだと後で聞く。腰を下ろして一息つく。此処から

二十七番へは下り、更に下り140号の国道に出た。往来が激しい。

 かつて秩父は織物が盛んだった名残りの桑の木が至る所に見られ

る。大きな桑の木に赤紫の実が見事についている。口に入れてみる。

チョッピリ甘くなつかしい味がした。

 二十八番橋立堂は武甲を背に建ち、この岩山の下の鍾乳洞に入る。

平日のせいか人影がなく洞内は一段と冷ややか。

二十九番へは又国道に戻り一時間歩いた。

 手入れの行き届いた竹林と、花の時期はとうに過ぎたが門前の枝

垂桜の大樹が印象に残る。もう少し歩を進めて三十番を目指す。武

州中川駅より二つ目の白久駅下車。陽が高いので足のおもむくまま

に来てみたら四時半を過ぎており慌しく参詣、白久駅に向かう。辺

りに遮蔽物がなく見通しがよいので電車が来るのが見えた。

 タイミングよいとは思ったが間に合うかどうか、次は一時間後に

なる。必死に走った。駅舎が見えたが無理と諦めていたら、駅員さ

んが手招きして私達を待っていてくれている様子に更にダッシュ。

 辿り着くと駅員さんがすぐに二枚の紙片を渡してくれ、早く乗る

よう促され、車掌さんも心得ていたように私達が乗るやいなや発車。

ホッと呼吸を整えておもむろに紙片を見た。「6/8 無札乗車証明

書 下車駅、車内にて精算願います」と書いてあった。

 本当にローカルな人たちに触れ、心温かく家路にたどりついた。




    観音に導かれゆく青葉道



    桑の実を口に含みて遍路かな



    岩井堂閑けさやぶる烏一羽



    詣でれば往古語るか夏木立



    秩父路の温情の電車の人となる
 







(以上 「俳句で綴る秩父札所めぐり」より転載)
タグ:札所
posted by りらくん at 11:53| Comment(0) | お寺を訪ねる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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